精子提供について調べていると、「法律がない」「グレーゾーン」という表現に何度も出会います。ただ、まったく何も議論されてこなかったわけではありません。国の審議会は20年以上前から報告書をまとめていますし、2020年には法律も成立しています。それでもなお「整っていない」と言われるのはなぜか。
この記事では、日本の制度がどう動いてきたかを年表として整理します。流れが分かると、いま自分が置かれている状況の意味もはっきりします。
日本では、提供精子による人工授精が1940年代後半から行われてきた一方、法律ができたのは2020年です。しかもその法律が定めたのは親子関係に関する2か条だけでした。提供者の要件、実施できる施設の条件、子どもが出自を知る仕組みを定める包括的な法案は2025年に提出されましたが、審議に入らないまま廃案となり、現在も成立していません。
第1期|実践だけが先行した時代(1940年代〜1990年代)
日本で提供精子による人工授精が始まったのは1940年代後半です。慶應義塾大学で実施され、1949年に最初の子どもが生まれたとされています。世界的にも早い時期の取り組みでした。
法律はなく、学会の見解で運用された
その後長く、実施の条件を定めたのは法律ではなく日本産科婦人科学会の見解でした。登録された施設が、一定の条件のもとに実施する。この枠組みが数十年にわたって続きます。
学会の見解は、会員である医師を拘束します。しかし法律ではないため、学会に登録していない施設や、医療機関を通さないやりとりには及びません。この構造は、後に個人間の提供が広がる余地となりました。
「秘密」が前提とされた
この時期の実施は、提供の事実を子どもに伝えないことを前提としていました。記録の保管や情報の開示についても、踏み込んだ議論はなされていません。累計で1万人以上が生まれたとされる一方、そのうち自分の生まれ方を知っている人がどれだけいるかは、いまも分かっていません。
第2期|国が検討を始めた時代(1990年代末〜2000年代)
状況が動き始めたのは1990年代の終わりです。国が正面から検討を始めました。
1998年|専門委員会の設置
厚生省(当時)のもとに、生殖補助医療技術に関する専門委員会が設けられました。技術が広がるなかで、ルールをどうするかが行政の課題として認識されたということです。
2000年12月|あり方についての報告書
精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書がまとめられました。第三者からの提供をどこまで認めるか、どのような条件を課すかという論点が、公の文書として整理された最初の段階です。
2003年4月|制度整備に関する報告書
厚生科学審議会の生殖補助医療部会が、2003年4月28日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」をまとめました。制度をどう整えるかについて、かなり踏み込んだ内容が盛り込まれています。
2003年の時点で、国の審議会は制度整備の方向性をまとめていました。しかし、それが法律になるまでには17年かかり、しかも成立した法律は報告書が扱った論点のごく一部しかカバーしていません。「議論はされてきたが、法律にならなかった」というのが、この20年の実態です。
2003年|学会が代理懐胎を認めない見解を示す
同じ2003年、日本産科婦人科学会が代理懐胎の実施を認めない見解を示しました。第三者の女性に精神的・肉体的な負担を引き受けさせること、家族関係を複雑にすること、契約を社会全体が許容しているとは認められないことが理由として挙げられています。
第3期|司法が判断を示した時代(2000年代)
立法が進まないなかで、個別の事案について裁判所が判断を示す場面が出てきます。
2004年11月|戸籍の続柄記載の変更
法令の改正により、戸籍における「嫡出でない子の父母との続柄」欄の記載が変更されました。それまで「男」「女」とだけ記載されていたものが、婚姻中に生まれた子と同じく「長男(長女)」「二男(二女)」と記載されるようになりました。すでに記載されている場合も、申出により変更でき、変更した事実が残らないよう戸籍の再製を求めることもできます。
精子提供そのものに関する改正ではありませんが、婚姻していない状態で生まれた子の扱いを見直す動きとして、未婚での出産を考える方には直接関わる変更です。
2007年|代理出産をめぐる最高裁の判断
最高裁判所は、母子関係は分娩の事実によって発生するという立場を取り、代理出産によって生まれた子どもを依頼した夫婦の実子とする出生の届出を認めない判断を示しました。立法がないまま、司法が原則を確認した形です。
第4期|法律ができた(2020年)
2020年12月4日、「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立し、同月11日に公布されました。令和2年法律第76号です。
定めたのは2か条だけ
この法律が親子関係について定めたのは、実質的に2か条です。
- 他人の卵子を用いた生殖補助医療で懐胎・出産した場合、出産した女性が母である
- 妻が夫の同意を得て第三者の精子で懐胎した子について、夫は嫡出であることを否認できない
扱われなかったこと
一方で、次の論点はこの法律に含まれていません。提供者の要件、実施できる施設の条件、提供の記録をどこが保管するか、子どもが出自を知る仕組み、1人の提供者から生まれる人数の上限。2003年の報告書が扱っていた論点の多くが、法律には反映されませんでした。
「法律ができた」と「ルールが整った」は違う
この点を混同した説明をよく見かけます。2020年の法律は、生まれた子と親の関係を明確にするという限られた目的のものです。これをもって「精子提供のルールが整備された」と読むのは誤りです。
第5期|包括的な法案の提出と廃案(2020年代)
2020年の法律には、施行後2年をめどに検討を加えるという趣旨の規定が置かれていました。その検討の結果として、包括的な法案が準備されます。
2025年2月|法案の提出
2025年2月5日、「特定生殖補助医療に関する法律案」が自民・公明・日本維新の会・国民民主の4会派によって参議院に提出されました。報じられた内容によると、提供の記録を国立成育医療研究センターが100年間保管し、生まれた人が18歳になったときに、提供者の身長や血液型、年齢といった本人を特定しない情報を請求できるという仕組みが想定されていました。
批判と廃案
この法案には、当事者団体や法律家から強い異論が出されました。氏名など提供者を特定できる情報の開示には請求の段階で提供者の同意が必要とされていたため、権利として保障されたことにならないという指摘です。また、対象を法律婚の夫婦に限る内容だったことから、事実婚のカップル、同性のカップル、単身の女性を排除するのではないかという批判も出されました。日本弁護士連合会も、慎重な審議を求める会長声明を出しています。
結果として法案は実質的な審議に入らないまま廃案となり、この分野を包括的に規律する法律は現在も存在しません。
並行して進んだ医療現場の動き
立法が停滞する一方、医療現場では新しい取り組みも現れました。2022年には、精子バンクを利用した非配偶者間の体外受精・顕微授精を国内で初めて開始した施設が現れ、出自を知る権利に配慮して非匿名の提供者を公募する動きも出ています。ただしその施設でも、対象は法律婚の夫婦とされています。
年表から読み取れること
80年近い流れを追うと、いくつかのことがはっきりします。
1. 実践が法律に70年以上先行した
1949年に始まった実践に対して、最初の法律は2020年です。この間、実施の枠組みを支えてきたのは学会の見解でした。技術が先に進み、ルールが後から追いかけるという構造が、この分野の基本形です。
2. 議論が足りなかったわけではない
国の審議会は2000年前後から報告書をまとめてきました。議論そのものは20年以上続いています。問題は、それが法律にならなかったことです。何を優先するかについて社会的な合意が形成されなかった、というほうが実態に近いでしょう。
3. 制度は過去にさかのぼらない
これは日本に限らない原則です。イギリスが2005年に匿名提供をやめたときも、それ以前に生まれた人には新しい制度が適用されませんでした。日本で今後制度ができたとしても、それ以前に提供を受けた方には適用されない可能性が高いということです。
この年表を、自分の判断にどう使うか
制度の歴史を知ることは、実用的な結論につながります。
「制度が整うのを待つ」は現実的でない
20年以上検討が続き、ようやく提出された法案も審議に入らないまま廃案となりました。いつ、どのような形で整うのかを予測することはできません。待つという選択には、期限がありません。
制度がない部分は、自分で埋める
記録の保管、情報の開示、提供人数の把握。制度が担っていない部分は、そのまま自分の役割になります。提供者の情報を残す、検査結果を確認する、取り決めを書面にする。これらは制度の有無に関わらず、今日から実行できることです。
制度の議論を追うときは「自分が対象か」を見る
2025年の法案は、対象を法律婚の夫婦に限っていました。単身の方や同性のカップルは、仮に成立していても制度の外に置かれたということです。制度の動きを追うときは、その制度が自分に適用されるものかどうかを必ず確認してください。
よくある質問
厚生科学審議会の生殖補助医療部会がまとめたもので、提供による生殖補助医療の制度をどう整備するかについて、かなり広い範囲を扱っていました。誰が提供を受けられるか、提供者にどのような要件を課すか、記録をどう管理するか、生まれた子どもが情報を得られるようにするかといった論点が含まれます。この報告書があったからこそ、その後の議論の土台ができたと言えます。ただし、報告書は法律ではありません。行政の検討結果が示されても、それを法律にするには国会での合意が必要です。この段階で止まったまま17年が経ち、成立した法律も報告書の内容の一部にとどまりました。厚生労働省のサイトで報告書の全文を確認できます。
法律婚の夫婦が提供を受けた場合の親子関係が、法律で明確になりました。それ以前は、夫が同意していたにもかかわらず後から親子関係を否定しようとする事案について、解釈に委ねられる部分がありました。この点が条文で確定したことには実務上の意味があります。一方で、婚姻していない状態で提供を受ける場合、この法律の規定は適用されません。単身の方や事実婚の方にとっては、状況が変わっていないというのが正確な理解です。この法律を根拠に「もう安心」と考えるのは誤りで、ご自身のケースに適用されるかどうかを確認してください。
予測はできませんが、議論が終わったわけではありません。2020年の法律には、施行後に検討を加える趣旨の規定が置かれており、制度整備の必要性そのものは共有されています。2025年の法案が廃案になったのは、必要性が否定されたからではなく、内容について意見の隔たりが大きかったためです。とくに、識別情報の開示を提供者の同意に委ねる設計と、対象を法律婚の夫婦に限る点が争点になりました。今後再提出されるとすれば、この2点が修正されるかどうかが焦点になると考えられます。ただし、いつになるかは分かりません。制度の成立を前提にした計画は立てないでください。
まとめ|80年の遅れを、自分の記録で埋める
日本の精子提供は1949年に始まり、最初の法律ができたのは2020年でした。その間70年以上、実施の枠組みを支えてきたのは学会の見解です。国の審議会は2000年前後から報告書をまとめてきましたが、それが法律になるまでには長い時間がかかり、成立した法律が扱ったのは親子関係の2か条にとどまりました。
包括的なルールを定める法案は2025年に提出されましたが、審議に入らないまま廃案となっています。この分野を包括的に規律する法律は、いまも存在しません。
この年表から引き出せる結論は、ひとつです。制度が整うのを待つのではなく、制度が担っていない部分を自分で埋める。提供者の情報を残す。検査結果を確認する。取り決めを書面にする。80年かけて社会が整えられなかったものを、あなた自身の手元で用意しておく。それが、いまできるいちばん確実な備えです。