「精子提供」「卵子提供」「代理出産」。この3つは、いずれも第三者の力を借りて子どもを持つ方法ですが、内容も、身体的な負担も、法律上の扱いもまったく違います。ところが解説記事では一括りに「生殖補助医療」とまとめられることが多く、区別がつかないまま調べ進めてしまう方が少なくありません。
この記事では、3つを「第三者に何を委ねるのか」という一本の軸で整理します。この軸で見ると、法律上の扱いの違いも、日本でできること・できないことも、すっきり理解できます。
精子提供は第三者が精子だけを提供し、妊娠・出産するのは希望する本人です。卵子提供は第三者が卵子を提供しますが、採卵という身体的な負担が第三者に生じます。代理出産は妊娠と出産そのものを第三者が担います。日本では、代理出産は学会の見解によって実施が認められておらず、裁判所も代理出産で生まれた子を依頼者の実子とする届出を認めていません。
3つの違いは「誰が何を担うか」に尽きる
まず全体像です。妊娠して子どもが生まれるまでには、精子、卵子、そして妊娠・出産という3つの要素があります。このうちどれを第三者に委ねるかで、方法の名前が変わります。
- 精子を第三者から ── 精子提供(AID・DI)
- 卵子を第三者から ── 卵子提供
- 受精卵を第三者から ── 胚提供(受精卵提供)
- 妊娠・出産を第三者に ── 代理出産(代理懐胎)
この順に、第三者が負う負担は大きくなります。そして、負担が大きくなるほど、法律上の扱いも、社会的な議論も難しくなります。
負担の大きさが、そのまま制度の厳しさになる
精子の提供は、提供する側の身体的な負担がほとんどありません。一方、卵子の提供には、排卵を誘発する薬の使用と採卵の処置が伴います。そして代理出産では、第三者の女性が妊娠期間を過ごし、出産に伴うリスクを引き受けます。
この負担の差が、そのまま各国の制度の厳しさの差になっています。精子提供を認めていても代理出産は認めないという国は珍しくありません。日本もその一つです。
精子提供|第三者は精子だけを提供する
すでにご存じの方も多いと思いますが、比較のために整理しておきます。
誰が何を担うか
第三者の男性が精子を提供し、それを用いて希望する女性が妊娠・出産します。遺伝的には、母は本人、父は提供者ということになります。妊娠と出産の負担は本人が担います。
法律上の親子関係
2020年に成立した民法の特例法では、妻が夫の同意を得て第三者の精子で懐胎した子について、夫はその子が自分の子でないと否認することができないと定められています。つまり、法律婚の夫婦であれば、同意した夫が法律上の父になります。
婚姻していない場合は、この規定の適用外です。父の欄は空欄となり、提供者が任意に認知を行えば法律上の親子関係が生じうるという状態になります。
日本での実施
医療機関を通じたAIDは、日本産科婦人科学会に登録された施設で実施されています。施設ごとに受け入れ条件があり、法律婚の夫婦を対象としているところが少なくありません。医療機関を通さない個人間の提供も行われています。
卵子提供|第三者に身体的な負担が生じる
次に卵子提供です。精子提供と対になる方法に見えますが、実際の負担はまったく違います。
採卵という負担がある
卵子を提供するには、排卵を誘発する薬を使い、複数の卵子を育てたうえで、針を使って採取する処置を受ける必要があります。処置には麻酔を用いることもあり、体調への影響や合併症のリスクもゼロではありません。提供する側が医療行為を受けるという点が、精子提供との決定的な違いです。
誰が母になるか
民法の特例法は、他人の卵子を用いた生殖補助医療によって子を懐胎し出産した場合、その出産をした女性が母であると定めています。卵子を提供した女性との間に母子関係は生じません。この点は法律で明確にされています。
日本での実施状況
国内では、実施できる範囲がきわめて限定的です。医療機関を通じた卵子提供は、一部の枠組みのもとで行われてきましたが、精子提供に比べて対応できる施設ははるかに少なくなります。そのため、海外で受けることを検討する方もいます。
代理出産|妊娠と出産そのものを第三者が担う
3つのなかで、もっとも第三者の負担が大きく、日本でもっとも制約の強い方法です。
2つの型がある
代理出産には大きく2つの型があります。ひとつは、代理を担う女性の卵子を使う型。もうひとつは、依頼する夫婦の受精卵を代理を担う女性の子宮に移植する型です。前者では代理を担う女性が遺伝上の母にもなり、後者では遺伝上のつながりはありません。
日本産科婦人科学会は実施を認めていない
日本産科婦人科学会は2003年に、代理懐胎の実施は認められないという見解を示しました。理由として挙げられたのは次の3点です。
- 第三者の女性に精神的・肉体的な負担を引き受けさせることになる
- 家族関係を複雑にする
- 代理懐胎の契約を社会全体が許容しているとは認められない
裁判所の判断
法律で明確に禁止されているわけではありませんが、司法の判断は明確です。最高裁判所は、母子関係は分娩の事実によって発生するという立場を取っており、2007年には、代理出産によって生まれた子どもを依頼した夫婦の実子とする出生の届出を認めない判断を示しました。
海外で代理出産を行った場合でも、日本に帰国してからの法律上の親子関係は日本の法制度で判断されます。出産した女性が母とされるため、依頼した女性が法律上の母になるためには養子縁組などの手続きが必要になる場合があります。「海外でできるから解決する」という単純な話ではありません。検討される場合は、必ず事前に弁護士にご相談ください。
法律上の扱いを並べて比べる
| 方法 | 法律上の母 | 法律上の父 | 日本国内での実施 |
|---|---|---|---|
| 精子提供 | 出産した本人 | 同意した夫(法律婚の場合) | 登録施設で実施。条件あり |
| 卵子提供 | 出産した本人 | 通常の規律による | 実施できる範囲が限られる |
| 代理出産 | 出産した第三者 | 状況により争いになりうる | 学会の見解で認められていない |
この表からわかる最大のポイントは、「出産した女性が母である」という原則がすべてを貫いていることです。精子提供と卵子提供では、この原則が希望する側にとって有利に働きます。ところが代理出産では、同じ原則が逆に働きます。
日本で実際にできること・できないこと
整理すると、次のようになります。
比較的行いやすいのは精子提供
3つのなかで、日本でもっとも選択肢が多いのが精子提供です。医療機関を通すルートに加え、海外の精子バンク、団体やマッチングサイト、個人間の直接のやりとりという選択肢があります。単身の方や同性のカップルにとっても、現実的に検討できる方法が残っています。
卵子提供は選択肢が限られる
国内で対応できる施設が少なく、海外での実施を検討する方が多くなります。採卵という負担を第三者に求めることになるため、提供者を確保すること自体のハードルも高くなります。
代理出産は国内では実施されていない
学会の見解によって実施が認められておらず、裁判所も依頼者を親とする届出を認めていません。海外で行った場合も、帰国後の法的な整理に別途の手続きが必要になります。
どれを検討すべきかの判断軸
ご自身の状況によって、検討すべき方法は決まってきます。目安を挙げます。
パートナーの精子が使えない、またはパートナーがいない場合
精子提供が第一の選択肢になります。無精子症などでパートナーの精子が使えない場合、単身で子どもを持ちたい場合、同性のパートナーと家族を持ちたい場合のいずれも該当します。
自分の卵子で妊娠することが難しい場合
卵子提供が選択肢になりますが、国内では対応が限られます。まず医療機関で、自分の卵子を用いた治療の可能性がどこまであるかを確認してください。その判断なしに卵子提供へ進むのは順序が逆になります。
妊娠・出産そのものが難しい場合
代理出産が話題に上りますが、日本国内では実施されておらず、海外で行っても帰国後の手続きが必要になります。この場合、特別養子縁組や里親という選択肢も含めて検討することをおすすめします。
費用と期間の感覚をつかんでおく
方法によって、必要な費用も期間もまったく違います。おおまかな感覚を持っておくと、検討の順番を決めやすくなります。
精子提供|方法によって幅が大きい
個人間の提供であれば、検査費と器具代、交通費といった実費の範囲に収まることが多く、1周期あたりの負担は比較的小さくなります。医療機関で人工授精を受ける場合は、1周期あたりの診療費がかかります。体外受精や顕微授精を伴う場合、また海外の精子バンクを利用する場合は、まとまった金額が必要になります。期間としては、1周期ごとに試すため、何周期続けるかで総額が変わります。
卵子提供|提供者の確保が最大の課題
費用面では、提供者に対する検査や採卵の処置、そして体外受精の費用が加わるため、精子提供より大きくなります。それ以上に難しいのが、提供してくれる方をどう確保するかです。身体的な負担を伴うため、精子提供のように広く募ることは現実的ではありません。国内で対応できる施設が限られていることもあり、検討から実施までの期間は長くなりがちです。
代理出産|国内では実施の想定ができない
日本国内で実施する体制がないため、費用の目安を示すこと自体に意味がありません。海外で行う場合は、渡航費、滞在費、現地での医療費、代理を担う方への支払い、法的手続きの費用が必要になり、規模はまったく別の水準になります。加えて、帰国後の親子関係の手続きに時間がかかります。
費用と実現可能性の両面から見ると、多くの方にとってまず精子提供の可能性を確認し、それが該当しない場合に他の方法を検討するという順番が現実的です。ただしこれは、自分の卵子で妊娠できるかどうかという医学的な前提の上に成り立ちます。婦人科での確認を先に済ませてください。
よくある質問
いちばん大きいのは、提供する側の身体的な負担の差です。精子の提供には医療行為が伴いませんが、卵子の提供には排卵誘発剤の使用と採卵という医療行為が必要で、体への負担やリスクが生じます。健康な第三者に医療上のリスクを負わせることの是非は、精子提供とは別の水準の議論になります。加えて、日本では歴史的に精子提供が1940年代から行われてきた蓄積があるのに対し、卵子提供は取り組みの歴史が浅く、実施できる体制が整っていないという事情もあります。この2つが重なって、現在の差が生じています。
正確ではありません。代理出産を禁止し、処罰する法律は日本にはありません。ただし、日本産科婦人科学会が実施を認めない見解を示しているため、学会に所属する医師が国内で実施することは事実上ありません。また、裁判所は代理出産で生まれた子を依頼者の実子とする届出を認めていないため、仮に行ったとしても法律上の親子関係が思うようには成立しません。「違法」という言葉より、「実施する体制がなく、行っても法的な親子関係が成立しない」と理解するほうが実態に近いと思います。
説明する内容は変わりますが、難しさの本質は共通しています。どの方法でも、伝えるかどうかより「伝えると決めたときに伝えられる材料があるか」が要点になるからです。提供者に関する記録が残っていなければ、説明は「あなたは第三者の力を借りて生まれた」というところで止まります。日本には記録を保管する公的な仕組みがないため、この点はどの方法を選んでも同じです。方法を選ぶ段階で、記録がどこまで残るのかを確認しておいてください。海外の仕組みを利用する場合は、非匿名の提供者を選べるかどうかが分かれ目になります。
まとめ|第三者に何を委ねるかで、すべてが決まる
精子提供、卵子提供、代理出産の違いは、第三者に何を委ねるかの違いです。精子だけを委ねるのか、卵子を委ねるのか、妊娠と出産そのものを委ねるのか。委ねるものが大きくなるほど、第三者の負担は増え、法律上の扱いも社会的な議論も難しくなります。
日本の制度を貫いているのは「出産した女性が母である」という原則です。精子提供と卵子提供では、この原則が希望する側にとって有利に働きます。しかし代理出産では、産んだ第三者が母となるため、同じ原則が壁になります。
ご自身の状況で検討すべき方法は、パートナーの精子が使えるか、自分の卵子で妊娠できるか、自分で妊娠・出産できるかという3つの問いで絞り込めます。まず医療機関で現状を確認し、それから方法を選ぶ。この順番を守れば、遠回りを避けられます。