精子提供を検討し始めると、いくつもの方法があることに気づきます。しかし、それぞれの違いを1か所で整理した情報は多くありません。
この記事では、4つのルートを同じ物差しで並べて比較します。どれが優れているかではなく、それぞれ何が担保されていて、何が担保されていないのかを明らかにすることが目的です。
4つのルートは、「検査」「記録」「書面」の3点で大きく違います。医療機関を介するルートはこの3点が整っている一方、利用できる条件に制約があります。個人間の直接のやりとりは条件の制約が少ない代わりに、この3点が当事者任せになります。選ぶ前に、自分がどの条件に該当するかを確認してください。
比較の物差しをそろえる
まず、何を基準に比べるかを決めます。
5つの観点で見る
利用できる条件、感染症等の検査、記録の保存、費用、トラブル時の保護。この5つで並べると、違いがはっきりします。
「安い=よい」ではない
費用だけで比べると、判断を誤ります。安いルートは、検査や記録の部分が省かれていることが多いからです。何が含まれていないのかを見てください。
子どもの視点も入れる
いま自分が何を選ぶかは、生まれてくる子どもがのちに何を知りうるかを決めます。この観点は、当事者の希望とは別に考える必要があります。
医療機関で行うAID
提供精子を用いた人工授精です。日本国内で長く行われてきた方法です。
利用できる条件
実施している施設は限られており、施設ごとに対象となる方の条件が定められています。婚姻関係を要件としている施設もあり、誰でも受けられるわけではありません。
検査と記録
医療機関が行うため、感染症の検査や提供者の管理が体制として組み込まれています。診療記録も残ります。
費用
施設によって異なりますが、他のルートと比べて極端に高額になることは多くありません。ただし、複数回行うことが前提になるため、総額では膨らみます。
制約
実施施設が少なく、通える範囲に見つからないことがあります。また、条件に該当しない場合は利用できません。
海外の精子バンク
海外の事業者が提供者を管理し、精子を提供する仕組みです。
提供者情報の扱い
国によっては、提供者の情報を管理し、子どもが成人後に情報にアクセスできる制度を設けている場合があります。この点は、国内の状況と大きく異なります。
日本での利用
実際に利用する際には、医療機関を介する必要がある場合が多く、受け入れる施設を見つけられるかが課題になります。個人で輸入して自己使用することには、法的にも安全面でも大きな問題があります。
費用
提供精子の費用に加えて、輸送、保管、医療機関での処置の費用がかかります。総額は高額になりやすいルートです。
言語と手続き
やりとりが外国語になること、契約の内容を正確に理解する必要があることも、実務上の負担になります。
国内の団体を介する方法
提供者と希望者をつなぐ団体が国内にも存在します。
団体による差が大きい
検査の実施、書面の作成、記録の保存。これらをどこまで行っているかは団体ごとにまったく違います。「団体を介しているから安心」とは言えません。
確認すべきこと
運営者が誰か、費用の内訳が明示されているか、感染症検査をいつ誰が行うか、書面を交わすか。これらに明確に答えられない団体は避けてください。
費用の透明性
「無償」とうたっていても、実費や会費という名目で費用が発生することがあります。総額がいくらになるのかを、事前に確認してください。
法的な位置づけ
こうした活動を直接規律する法制度は、まだ整備の途上にあります。制度に守られていない領域であることを前提に判断してください。
個人間の直接のやりとり
インターネット等を通じて、個人同士が直接連絡を取る形です。
何も担保されていない
検査、書面、記録。これらはすべて当事者が自分で用意しなければなりません。相手が提示した検査結果が本物かどうかを確認する手段も限られます。
安全面のリスク
感染症の危険に加えて、会うこと自体に伴うリスクがあります。性的な要求や金銭の要求、その後の付きまといといった被害が報告されています。
記録が残らない
相手の情報が正しいという保証はなく、あとから連絡が取れなくなることもあります。子どもが将来、自分の出自について知る手がかりを失うことになります。
費用は低いが
費用が最も低くなりやすいルートですが、その低さは、省かれているものの多さと表裏です。
ルートを比べるとき、金額の差だけを見ないでください。その差は、感染症検査、書面の作成、記録の保存、トラブル時の対応といった部分が含まれているかどうかの差です。省かれた部分のリスクは、自分と、生まれてくる子どもが引き受けることになります。
どのルートでも共通する確認事項
選んだルートにかかわらず、確認すべきことがあります。
感染症検査
何を、いつ、誰が検査したのか。検査から時間が経っていれば、その間の状況はわかりません。提供の直前に行われているかが重要です。
書面
誰が何に同意したのかを記録に残すことです。のちに認識が食い違ったとき、書面がなければ争いようがありません。
提供者の情報
どの範囲の情報が、どこに、いつまで保存されるのか。これは子どもの将来に直結する部分です。
費用の総額
1回あたりではなく、想定される回数を掛けた総額で考えてください。複数回になることが前提の方法がほとんどです。
法的な位置づけの違い
親子関係については、共通して知っておくべき点があります。
特例法による整理
生殖補助医療で生まれた子の親子関係については、法律で一定の整理がされています。ただし、すべての状況を網羅しているわけではありません。
出自を知る権利は未整備
子どもが提供者の情報を知る仕組みは、日本ではまだ制度として確立していません。いま選ぶルートによって、将来知りうる情報の量が変わります。
認知請求の可能性
個人間のやりとりでは、のちに認知や養育費をめぐる問題が生じうると指摘されています。書面があってもすべてが解決するわけではありません。
相談先
法的な疑問は、弁護士や法テラスなどの窓口で相談できます。始める前に相談しておくことが、あとの負担を減らします。
時間の見通しを比べる
費用や安全性と並んで、見落とされやすいのが「どれくらい時間がかかるか」です。
医療機関のAID
初診から実際の処置まで、検査や説明の段階を踏むため数か月かかることがあります。また、実施施設によっては待機期間が設けられている場合もあります。年齢的に急ぐ状況では、この期間も計算に入れる必要があります。
海外の精子バンク
受け入れ可能な医療機関を探す段階、選定と契約の段階、輸送の段階と、工程が多くなります。やりとりが外国語になることもあり、想定より時間がかかりやすいルートです。
団体・個人間
手続きの段階が少ないぶん、開始までは早くなります。ただし、その早さは確認の工程を省いていることの裏返しでもあります。急いで進めた結果、あとで問題が生じるという流れが、この領域では繰り返し起きています。
年齢との兼ね合い
どのルートでも、複数回にわたることが前提です。「1回で終わる」計画は立てないでください。年齢が上がっている場合は、開始までの期間を短くできるルートを優先する判断もありえます。
組み合わせや切り替えもある
ひとつのルートに決め切る必要はありません。
まず相談だけしてみる
医療機関に相談することと、そこで治療を受けることは別です。条件に該当するかどうかを確認するだけでも、判断の材料が増えます。断られたとしても、そのやりとり自体が次の選択の参考になります。
途中で切り替える
一定期間続けて結果が出なければ別のルートを検討する、という進め方もあります。そのためには、始める段階で「いつ見直すか」を決めておくことが重要です。
並行して情報を集める
ひとつのルートを進めながら、別の選択肢についても調べておくと、切り替えが必要になったときに動きが早くなります。
やめるという選択もある
どのルートも自分に合わないという結論に至ることもあります。それは失敗ではなく、判断です。養子縁組や里親といった別の道を含めて、選択肢を広く知っておいてください。
よくある質問
全員に共通する正解はありません。ただし、検査・記録・書面の3点が整っているルートを優先する、という原則は共通して言えます。そのうえで、自分がどのルートの条件に該当するかを確認してください。医療機関のAIDが利用できる条件に当てはまるなら、まずそこを検討する価値があります。該当しない場合、残る選択肢のなかで、確認すべき項目にきちんと答えられるところを選ぶことになります。焦って決めないでください。この判断は、自分だけでなく生まれてくる子どもの将来にも関わります。公的な相談窓口や、法律の専門家に一度相談してから決めることをおすすめします。
実施施設が限られていること、施設ごとに条件が定められていることから、この状況は珍しくありません。まず、他の施設でも同じ条件なのかを確認してください。施設によって扱いが異なる場合があります。それでも該当しない場合、残る選択肢を検討することになりますが、その際も検査・記録・書面の3点を必ず確認してください。条件に該当しなかったことで焦り、確認をおろそかにしたまま個人間のやりとりに進むことが、最も危険な流れです。時間がかかっても、公的な相談窓口で状況を話し、選択肢を整理してから進めてください。
個人で輸入して自分で使用するという形は、安全面でも法的にも大きな問題があります。輸送中の管理が適切かを確認する手段がなく、使用にあたっての医学的な管理もありません。実際に利用する場合は、受け入れる医療機関を介することになりますが、対応している施設は限られています。まず、通える範囲の医療機関に相談して、対応可能かを確認するところから始めてください。費用も、提供精子の代金だけでなく、輸送、保管、処置の費用を合わせた総額で考える必要があります。仲介をうたう業者を利用する場合は、運営者の情報と費用の内訳を必ず確認してください。
無償であることは、安全であることを意味しません。むしろ、費用がかからないぶん、検査も書面も記録も何もない状態であることがほとんどです。また、金銭以外の要求をされる事例が報告されています。性的な行為を求められる、その後に付きまとわれる、提供者を名乗る人物の情報が虚偽だった、といった被害です。相手の善意を疑うということではなく、担保する仕組みが存在しないという構造の問題です。どうしてもこのルートを検討する場合でも、検査結果の確認方法、書面の作成、第三者の立ち会いといった条件を整えてください。ひとりで判断せず、相談してください。
まとめ|費用ではなく、担保されているもので比べる
4つのルートの本質的な違いは、検査・記録・書面が誰によって担保されているかです。医療機関を介するルートでは体制として組み込まれ、個人間のやりとりでは当事者任せになります。
費用の差は、この担保の差とほぼ対応しています。安いルートは、安いのではなく、省かれているのです。そして省かれた部分のリスクは、自分と、生まれてくる子どもが引き受けます。
まず、自分がどのルートの条件に該当するかを確認してください。そのうえで、残った選択肢を検査・記録・費用の観点で比べる。そして決める前に、公的な相談窓口や法律の専門家に一度相談してください。この判断は、急いで下すべきものではありません。