「いくら貯まっていれば、一人で産んでも大丈夫か」。この質問には、金額で答えることができません。住んでいる地域、働き方、頼れる人の有無で、必要額がまったく変わるからです。
その代わりに役立つのは、必要額の出し方です。3つに分けて考えれば、自分の条件での金額が出せます。出産までにかかる一時的な費用、収入が減る期間の生活費、そして緊急時の備え。この記事では、その計算のしかたを具体的に示します。
出産費用は全額が自己負担になるわけではありません。健康保険から出産育児一時金として原則50万円が支給され、多くの場合は医療機関に直接支払われます。産休・育休中も、勤務先の健康保険や雇用保険から給付を受けられる場合があります。収入がゼロになるわけではないという前提で計算してください。
必要額は3つに分けて考える
まとめて「いくら必要か」と考えるから答えが出ません。次の3つに分けてください。
1|出産までにかかる一時的な費用
妊婦健診の自己負担、分娩と入院の費用、出産準備品の購入。ここはまとまった額が特定の時期に必要になります。ただし、出産育児一時金でかなりの部分がまかなえます。
2|収入が減る期間の生活費
産休・育休の期間は、通常の給与が支払われないのが一般的です。その代わりに給付を受けられますが、額は満額ではありません。この差額を埋める分が必要になります。
3|緊急時の備え
体調を崩して働けなくなった、子どもが入院した、といった事態に備える分です。ひとり親の場合、収入が一人分であるため、この備えの重要度は高くなります。
出産までにかかる費用
分娩・入院の費用
正常分娩は健康保険の適用外で、費用は医療機関や地域によって幅があります。全国平均で見ると50万円前後で、これに対して出産育児一時金として原則50万円が支給されます。
近年は出産費用が上昇傾向にあり、平均額が一時金の額を上回るという報告もあります。差額の自己負担が生じる可能性を見込んでおいてください。選ぶ医療機関によっても金額は変わりますので、事前に確認できます。
直接支払制度を使う
多くの医療機関で、出産育児一時金を医療機関に直接支払う制度を利用できます。これを使えば、窓口で50万円を立て替える必要がなく、差額のみの支払いで済みます。事前の手続きが必要ですので、入院の予約時に確認してください。
妊婦健診と出産準備品
健診は自治体から補助券が交付され、費用の多くが公費でまかなわれます。ただし追加の検査などで自己負担が生じます。出産準備品については、必要なものは意外と限られます。すべてを新品でそろえる必要はありません。お下がりやレンタルを活用すれば、この部分は大きく圧縮できます。
収入が減る期間をどう見積もるか
ここがもっとも重要な部分です。産休・育休中の収入を正確に把握してください。
出産手当金
勤務先の健康保険に加入している方が、産休期間について受け取れるものです。国民健康保険の場合は対象になりません。自営業やフリーランスの方は、この給付がない前提で計算する必要があります。
育児休業給付金
雇用保険から支給されるもので、育休開始から180日間は休業前の賃金の67%、181日目以降は50%が目安になります。原則として子が1歳になるまでが支給の期間ですが、保育所に入れないなどの理由があれば延長できる仕組みがあります。
つまり、育休が長くなるほど収入は減ります。この段差を見込んでおいてください。
出産手当金も育児休業給付金も、雇用されて社会保険に加入していることが前提です。自営業やフリーランスの方は、産後に収入がゼロになる期間の生活費を、すべて事前に用意しておく必要があります。会社員の方より、備えるべき金額は大きくなります。
固定費を見直す
貯金を増やすより先に手をつけるべきは、毎月の固定費です。一度下げれば、その効果は永続します。
住居費
家計に占める割合がもっとも大きい項目です。子どもが生まれる前に引っ越しを検討できるのであれば、そのタイミングがもっとも動きやすい時期です。ひとり親を対象とした公営住宅の優遇や、自治体独自の家賃補助がないかも確認してください。
通信費・保険料
携帯電話の料金プラン、加入している保険の内容。使っていないサービスの解約も含めて、一度すべて洗い出してください。妊娠中で動ける時期に済ませておくと、産後の負担が減ります。
保険は「必要な保障」から考える
ひとり親の場合、自分に何かあったときに子どもの生活をどう支えるかが課題になります。遺族年金といった公的な制度でどこまで支えられるかを確認したうえで、足りない部分を保険で補うという順番で考えてください。不安から保険を増やすと、月々の負担で家計が苦しくなります。
貯める仕組みをつくる
金額を決めるより、続く仕組みにすることのほうが重要です。
口座を分ける
生活費の口座と、貯蓄の口座を分けてください。同じ口座にあると、貯めているつもりでも使ってしまいます。児童手当の振込先を貯蓄用の口座にしておくのも有効です。
先取りで積み立てる
給与が入ったら、まず決めた額を貯蓄用の口座に移します。「余ったら貯める」では、まず残りません。金融機関の自動積立や、勤務先の財形貯蓄を使えば、自動化できます。
無理のない金額から
月に数千円でも構いません。続けることが効果を生みます。収入が増えたときに額を上げていけば十分です。
受け取れるお金を一覧にしておく
支出を減らす努力と同じくらい、受け取れるものを取りこぼさないことが重要です。
- 出産育児一時金 ── 健康保険から、原則50万円
- 出産手当金 ── 勤務先の健康保険に加入している場合
- 育児休業給付金 ── 雇用保険から、要件を満たす場合
- 児童手当 ── 出生後、申請した月の翌月分から
- 児童扶養手当 ── ひとり親家庭を対象、所得要件あり
- 医療費の助成 ── 子どもとひとり親自身が対象になるものがある
- ひとり親控除 ── 所得税と住民税が軽くなる
これらを一覧にして、いつ申請するのか、いくら入るのかを書き出してください。収支の見通しは、支出と収入の両方を並べて初めて立ちます。
働き方が家計を決める
貯金の額より、実は影響が大きいのが働き方です。産後にどう働けるかで、家計の見通しは大きく変わります。
雇用されているかどうかで前提が変わる
雇用されて社会保険に加入していれば、産休・育休中の給付を受けられます。この差は大きく、同じ収入水準でも、備えるべき金額がまったく違ってきます。妊娠を考えている段階であれば、働き方そのものを見直すという選択肢もあります。
復職後に働ける時間を現実的に見積もる
保育園の開所時間、送迎にかかる時間、子どもの急な発熱。これらを考えると、産前と同じ働き方は難しいことが多くあります。時短勤務を使うのか、勤務先を変えるのか。収入が下がる可能性も含めて見積もってください。
収入を上げる準備も並行して進める
ひとり親家庭を対象とした就業支援の制度があります。資格取得のための給付金や、就業に関する相談窓口です。手当で当面の生活を支えながら、収入を上げる準備を進めるという組み合わせが、制度の想定する使い方です。産後すぐには動けなくても、こうした制度があることを知っておいてください。
緊急時の備えをどう考えるか
ひとり親の家計でもっとも脆いのは、働けなくなったときです。
生活費の何か月分を目安にするか
一般的には、生活費の3か月から6か月分を目安とする考え方があります。ひとり親の場合、収入が一人分であることを考えると、多めに見ておくほうが安心です。ただし、この金額を貯めてから産むという発想では、いつまでも踏み出せません。
公的な制度も「備え」に含める
傷病手当金、雇用保険の給付、生活福祉資金の貸付、そしてひとり親家庭を対象とした貸付制度。これらは、いざというときに使える公的な備えです。制度を知っていること自体が、備えの一部です。相談できる窓口を把握しておいてください。
いつ、何を済ませておくか
準備には順番があります。動ける時期にできることを済ませておくと、産後がぐっと楽になります。
妊娠を考えている段階
働き方の確認がもっとも重要です。産休・育休の給付を受けられる立場かどうかで、必要な貯金額が変わります。あわせて、固定費の見直しと、住まいをどうするかの検討をこの時期に済ませておくと、あとで動かずに済みます。
妊娠がわかったら
妊娠届を出して母子健康手帳を受け取り、健診の補助券を使い始めます。勤務先には、産休・育休の取得について早めに相談を始めてください。出産する医療機関を決めるときには、費用の目安と直接支払制度が使えるかを確認します。
出産の1〜2か月前
出生届の用紙を受け取り、記入できる部分を埋めておきます。児童手当、児童扶養手当、医療費助成の必要書類を確認し、そろえられるものは先に用意します。分籍が必要かどうかもこの時期に確認してください。
産後
出生届と同時に児童手当と医療費助成を申請します。健康保険への加入、児童扶養手当の申請も続けて行います。体調が優れないときは、書類の提出を代わってもらえる人を確保しておいてください。
よくある質問
条件によって変わるため、一律の金額はありません。ただし、計算の枠組みは共通です。出産までの一時的な費用(出産育児一時金を差し引いた自己負担分+準備品)、産休・育休中の収入の不足分(給付を差し引いた額×期間)、そして緊急時の備え(生活費の数か月分)。この3つを自分の条件で計算して足したものが、当面必要な金額になります。会社員で給付を受けられる方と、自営業で給付がない方では、必要額が大きく違ってきます。まず、自分がどの給付を受けられるのかを確認するところから始めてください。
まず、受け取れる給付をすべて確認してください。出産育児一時金、出産手当金、育児休業給付金、児童手当、児童扶養手当。これらを合計すると、想定より支えられることが分かる場合があります。次に、固定費の見直しです。住居費、通信費、保険料。妊娠中に手をつけておけば、産後の負担が変わります。それでも足りない場合は、生活福祉資金やひとり親家庭を対象とした貸付制度といった公的な仕組みがあります。自治体の窓口や、ひとり親家庭の相談員に相談してください。民間の借入に頼る前に、公的な選択肢を確認することが大切です。
出産育児一時金は国民健康保険からも支給されますので、そこは受けられます。一方、出産手当金と育児休業給付金は対象外となるため、産後に働けない期間の生活費をすべて事前に用意する必要があります。目安としては、産後どのくらい仕事を休むかを決めて、その期間の生活費を計算してください。また、仕事を完全に止めるのではなく、量を減らして続けられる形を検討しておくと、収入が途切れるリスクを下げられます。国民年金の保険料については、産前産後の期間の免除制度がありますので、忘れずに手続きしてください。
住居費や食費の負担が減るため、必要額そのものは小さくなります。ただし、注意点が2つあります。ひとつは、児童扶養手当の判定に同居の親族の所得が影響する場合があること。もうひとつは、保育園の利用調整で、同居の祖父母が保育にあたれると判断されると加点が減ることがあることです。つまり、実家に頼ると家計は楽になる一方で、公的な支援は受けにくくなる可能性があります。どちらが有利かは条件次第ですので、同居を決める前に、児童扶養手当と保育の両方の窓口で影響を確認してください。
まとめ|金額より、計算のしかたを持つ
「いくら貯まっていれば産めるのか」に一律の答えはありません。しかし、計算の枠組みは共通です。出産までの一時的な費用、収入が減る期間の生活費、緊急時の備え。この3つを自分の条件で計算してください。
そのとき、必ず受け取れる給付も並べることを忘れないでください。出産育児一時金、出産手当金、育児休業給付金、児童手当、児童扶養手当。支出だけを積み上げると絶望的に見えますが、収入側を入れると見え方は変わります。
そして、貯める努力より先に固定費の見直しです。住居費、通信費、保険料。妊娠中の動ける時期に済ませておけば、その効果は産後もずっと続きます。金額の大きさに立ちすくむより、計算して、仕組みにする。それが、いちばん確実な準備です。