「結婚は自分には合わないかもしれない。でも子どもは持ちたい」。こう考えたときに出てくる選択肢が、選択的シングルマザーです。パートナーとの関係を前提とせずに、一人で子どもを持ち育てることを自分で選ぶ生き方を指します。
日本ではまだ言葉としても浸透していませんが、海外では40年以上前から支援団体が存在し、ひとつの選択肢として社会に位置づけられてきました。この記事では、言葉の由来から日本での現実的なハードル、そして検討を始めるときに確認すべきことまでを整理します。
日本の母子世帯のうち、未婚の母が占める割合は1993年の4.7%から2021年には10.8%へと倍以上に増えています。一方で、婚外子の割合は日本全体で2〜3%にとどまり、経済協力開発機構加盟国の平均である約41%とは大きな開きがあります。増えてはいるが、社会の制度と意識はまだ追いついていない。これが日本の現在地です。
選択的シングルマザーとは何か
「シングルマザー」という言葉は、離婚や死別によってひとり親になった場合も含みます。それに対して選択的シングルマザーは、最初から一人で産み育てることを選んだ場合を指します。英語では Single Mother by Choice と呼ばれます。
「なりゆき」ではなく「選択」
この区別が重要なのは、置かれた状況も、必要な準備も違うからです。離婚を経てひとり親になった場合、生活の再構築という課題が中心になります。一方、最初から選ぶ場合は、妊娠する前の段階で生活設計を組み立てられるという違いがあります。準備できる時間があるという点は、大きな利点です。
子どもを持つ方法はいくつかある
選択的シングルマザーになる方法は、精子提供だけではありません。特別養子縁組や里親という道もあります。ただし日本では、養子縁組についても単身での申し立ては現実的なハードルが高い場合があります。結果として、精子提供を検討する方が多くなっています。
言葉の由来と、海外での広がり
この考え方が言葉として定着したのは、1981年のアメリカです。心理療法士のジェーン・マテスが、自身が一人で子どもを持つと決めた経験から、Single Mothers by Choice という団体を設立しました。同名の書籍も刊行され、以来4万人を超える人がこの団体に関わってきたとされています。
「考えている人」も対象にした支援
この団体の設計で参考になるのは、すでに産んだ人だけでなく、まだ考えている段階の人、試している段階の人も含めて対象にした点です。決断そのものが最大の関門であることを、当事者の経験から知っていたためでしょう。
制度が後押しした国もある
海外で選択的シングルマザーが一般化した背景には、精子提供を受けられる制度が整っていたことがあります。単身の女性でも医療機関で提供を受けられる国では、この選択は現実的な選択肢になります。逆に、婚姻を要件とする国では、同じ選択をしようとしても入り口が閉ざされます。
日本ではどれくらいいるのか
正確な統計はありません。「選択的」かどうかは本人の意思の問題であり、統計として区別されていないためです。ただし、周辺の数字からおおよその傾向はつかめます。
未婚の母は倍以上に増えている
全国ひとり親世帯等調査によると、母子世帯のうち未婚の母が占める割合は、1993年の4.7%から2021年には10.8%へと増えています。約30年で倍以上です。この中には離別や死別以外のさまざまな経緯が含まれますが、婚姻を経ずに母になる人が確実に増えていることは読み取れます。
それでも国際的には非常に少ない
一方、日本全体で婚外子が占める割合は、おおむね2〜3%程度にとどまります。経済協力開発機構加盟国の平均は約41%、主要なヨーロッパ諸国では50%を超える国もあります。この差は極端です。
海外で婚外子の割合が高いのは、事実婚のカップルが多いことが主な理由です。つまり「一人で産む人が多い」という意味ではありません。ただし、婚姻の有無で子どもや親の扱いが変わらない社会では、一人で産むという選択もしやすくなります。日本で選択的シングルマザーが少ないのは、意思の問題より制度と慣行の問題であると考えるほうが実態に近いはずです。
なぜ日本では選びにくいのか
ハードルは大きく3つあります。
ハードル1|医療機関の入り口が狭い
医療機関で提供精子による人工授精を受ける場合、施設ごとに受け入れの条件があり、婚姻関係を要件としているところがあります。実施施設そのものの数も多くなく、地域による偏りも大きいのが実情です。結果として、単身の女性が医療機関を通じて提供を受けようとすると、選択肢が限られます。
ハードル2|制度が法律婚の夫婦を前提にしている
第三者の精子・卵子を用いる医療のルールを定める法案が2025年に国会へ提出されましたが、対象を法律婚の夫婦に限る内容だったため、単身の女性や同性のカップルを排除するのではないかという批判が出されました。この法案は審議に入らないまま廃案となっています。制度の議論の枠組み自体が、単身での選択を想定していないという状況が続いています。
ハードル3|周囲の理解を得にくい
実務的なハードルとは別に、周囲にどう伝えるかという課題があります。親や職場の反応を心配して、検討していること自体を誰にも話せないという方は少なくありません。孤立したまま情報を集め続けると、判断はかえって難しくなります。
日本で選ぶ場合の3つのルート
現実的な選択肢は次の3つです。それぞれに一長一短があります。
| ルート | 単身での利用 | 記録・情報 | 主な課題 |
|---|---|---|---|
| 国内の医療機関 | 施設の条件による | 診療録として残る | 受け入れ施設が限られる |
| 海外の精子バンク | 利用しやすい場合がある | ドナー情報が比較的多い | 国内の受け入れ先と費用 |
| 個人間の提供 | 当事者の合意で決まる | 自分で残すほかない | 感染症・法的リスクの管理 |
どのルートでも共通して必要になるのが、感染症検査の確認と記録を残すことです。とくに個人間の提供では、この2点をすべて自分で管理することになります。
決める前に確認しておきたい5つのこと
方法よりも先に固めておいたほうがよいのが、生活の設計です。海外の支援団体が「考えている段階の人」を対象に含めてきたのも、ここが最大の関門だからです。
1. 働き方は続けられるか
産休・育休は婚姻の有無に関係なく取得できます。制度上の権利であることをまず押さえてください。そのうえで、産後に働き方をどう調整するか、保育園に預けられなかった場合にどうするかを考えておきます。
2. 産前産後に頼れる人がいるか
産後は想像以上に動けません。家族が近くにいない場合、産後ヘルパーや自治体の産後ケア事業といったサービスを事前に調べておく必要があります。「なんとかなる」で乗り切るのが最も難しいのが、この時期です。
3. 住まいと動線は成り立つか
保育園、職場、小児科。この3つの距離は、産後の生活の負担を大きく左右します。引っ越しを伴う場合は、妊娠前に済ませておくほうが体への負担が小さくなります。
4. お金の見通しは立っているか
出産までにかかる費用、産後に収入が減る期間、そして子育てにかかる継続的な費用。この3つを分けて見積もってください。同時に、使える公的支援も確認しておきます。児童手当、児童扶養手当、医療費の助成、保育料の軽減、税の控除。いずれも申請しなければ受けられません。
5. 子どもへの説明をどう考えるか
いますぐ答えを出す必要はありませんが、方針を持っておくことには意味があります。とくに、伝えると決めたときに伝えられる材料、つまり提供者に関する記録は、いまのうちにしか残せません。
この選択にまつわる思い込みを外す
検討を始めた方から寄せられる不安には、事実と違うものが混ざっています。3つ取り上げます。
「子どもが戸籍で不利になる」は正確ではない
戸籍に、どのような経緯で妊娠・出産に至ったかは記載されません。未婚で出産した場合に父の欄が空欄になることはありますが、これは提供によるかどうかとは無関係です。また、婚姻していない両親のもとに生まれた子の相続分は、婚姻している場合と同等です。戸籍の「父母との続柄」欄の記載についても、2004年11月に扱いが変更され、婚姻の有無で書き分けられることはなくなりました。
「シングルだと公的支援が受けられない」も誤り
児童手当は保護者の婚姻の有無を問いません。児童扶養手当はひとり親家庭を対象とする制度で、未婚のひとり親も対象です。税制上も、未婚のひとり親を対象とした控除が設けられています。使える制度は複数あり、いずれも申請が前提になります。知らないまま受け取っていない人が一定数いるのが実情です。
「一人だから保育園に入れない」も逆
保育園の入園は、各自治体が行う利用調整という点数付けで決まります。ひとり親世帯は、この点数付けにおいて配慮される仕組みになっているのが一般的です。もちろん地域の状況によって結果は変わりますが、ひとり親であることが不利に働く制度設計にはなっていません。
不安の多くは、情報を確認すれば減らせるものです。逆に、情報では減らせない不安もあります。その2つを分けることが、検討を前に進めるうえで役に立ちます。
よくある質問
金額で線を引くことはできません。住んでいる地域の家賃、実家の支援があるかどうか、働き方を続けられるかどうかで、必要額はまったく変わるためです。目安を出すより、次の3つを自分の条件で計算してみることをおすすめします。ひとつめは、出産までにかかる費用。ふたつめは、産後に収入が減る期間とその減少幅。みっつめは、毎月の固定費に子ども1人分が加わったときの家計です。そのうえで、児童手当や児童扶養手当などの公的支援を差し引いてください。この計算を一度やっておくと、「漠然と不安」という状態から抜けられます。
妊娠のしやすさが年齢の影響を受けることは事実です。ただし「もう遅い」と決めつける前に、婦人科で現在の状態を確認することをおすすめします。検査を受けずに悩んでいる期間が、いちばんもったいない時間です。そのうえで、40代で検討する場合は「いつまで試すか」を先に決めておくことが重要になります。期限を決めずに続けると、心身の負担が積み重なります。年齢によって進め方は変わりますが、選択肢そのものが閉じるわけではありません。
反対の理由を分けて考えてみてください。多くの場合、「子どもがかわいそう」という漠然とした不安と、「経済的に大丈夫なのか」という具体的な心配が混ざっています。後者については、生活設計を具体的に示すことで話が進むことがあります。前者は、説得というより時間の問題であることが多く、生まれてから関係が変わるという例も少なくありません。大切なのは、全員の同意を得てから進めようとしないことです。理解者を一人でも確保することを目標にしてください。
無謀ではありませんが、海外より準備が必要であることは事実です。制度が単身での選択を前提にしていないため、医療機関の入り口が狭く、記録を残す仕組みもありません。その分を自分で埋める必要があります。逆に言えば、埋めるべき部分ははっきりしています。感染症検査を確認すること、記録を残すこと、公的支援を申請すること、頼れる先を確保すること。この4つを押さえれば、条件はかなり整います。制度が整うのを待つより、いまの条件で何ができるかを組み立てるほうが現実的です。
まとめ|増えてはいるが、準備は自分でそろえる
選択的シングルマザーという生き方は、1981年にアメリカで言葉として定着し、支援団体を通じて広がってきました。日本でも、母子世帯に占める未婚の母の割合は30年で倍以上に増えています。一方で、婚外子の割合は国際的に見て極端に低く、制度も法律婚の夫婦を前提に設計されたままです。
この状況で必要なのは、「日本では難しい」と諦めることでも、「海外ではできるのに」と嘆くことでもありません。制度が用意してくれない部分を、自分で用意するという発想です。
具体的には4つ。感染症検査を確認する。提供者の記録を残す。使える公的支援をもれなく申請する。産前産後に頼れる先を確保しておく。方法を決めるより先に、この4つの見通しを立ててください。それができていれば、どのルートを選んでも、進め方はぐっと安定します。