「ドナーシブリング」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。同じ提供者から生まれた子どもどうし、つまり遺伝上は半分だけ血のつながったきょうだいを指す言葉です。日本語では「半きょうだい」と訳されることもあります。
日本ではまだあまり知られていませんが、海外ではこの関係をめぐって20年以上議論が重ねられ、当事者どうしが互いを探せる仕組みまで作られてきました。そして近年、家庭用のDNA検査が広まったことで、状況は大きく変わりつつあります。制度が用意されていなくても、遺伝子の一致が偶然見つかる時代になったからです。
ドナーシブリングとは、同じ提供者から生まれた子どもどうしの関係です。海外には当事者が自発的に登録して互いを探せる仕組みがあり、これまでにおよそ3万件の結びつきを仲介してきたとされます。日本には制度も統計もありません。ただしDNA検査サービスの普及により、制度の有無にかかわらず一致が判明する可能性は現実のものになっています。いま検討している方にできる最善の備えは、提供者に関する記録を残しておくことです。
ドナーシブリングとは何か
提供者から精子の提供を受けて子どもが生まれた場合、その提供者が別の人にも提供していれば、そちらでも子どもが生まれている可能性があります。この子どもたちは、母親は違いますが遺伝上の父は同じです。この関係をドナーシブリングと呼びます。
法律上のきょうだいではない
まず押さえておきたいのは、ドナーシブリングは法律上の親族関係ではないという点です。戸籍上のつながりはなく、扶養や相続の関係も生じません。あくまで遺伝上の関係を指す言葉です。
ただし、法律上の関係がないことと、当事者にとって意味がないことは別です。海外の当事者団体が長年発信してきたのは、まさにこの点でした。制度が「関係がない」と扱っても、本人にとっては自分のルーツにつながる存在である。この認識のずれが、登録制度が生まれる出発点になりました。
何人いるかは、提供の回数で決まる
1人の提供者が何人に提供したかによって、ドナーシブリングの数は変わります。1人だけに提供した人もいれば、何十人に提供した人もいます。海外の精子バンクを利用した場合、同じドナーの精子が複数の国に輸出されていることもあり、そうなると国境をまたいだきょうだいが存在することになります。
なぜ海外で登録の仕組みが生まれたのか
ドナーシブリングという概念が広く知られるようになったきっかけは、ひとつの親子の経験でした。
ある母子が始めた登録制度
2000年9月、アメリカでウェンディ・クレイマーさんと息子のライアンさんが「ドナーシブリング・レジストリ」という登録制度を立ち上げました。きっかけは、ライアンさんが10歳のときに、精子バンクから「多くの半きょうだいがいる」と伝えられたことでした。その相手を知りたいと考えたものの、クリニックにもバンクにも仲介してもらえなかった。そこで自分たちでインターネット上に登録の場を作ったのです。
この仕組みは、当事者どうしが自発的に登録し、双方が望んだ場合にだけ連絡が取れるという設計になっています。これまでにおよそ3万件の結びつきを仲介し、105か国におよそ10万人の登録があるとされています。
この仕組みで重要なのは、双方が登録していなければ何も起こらないという点です。知りたい人だけが探し、知られたくない人は登録しない。当事者の意思を尊重しながら、望む人だけがつながれるようにする。この設計思想は、その後の各国の制度にも影響を与えました。
公的な制度を持つ国もある
イギリスのように、公的機関が提供の記録を管理している国では、生まれた人が一定の年齢に達したときに、ドナーの情報だけでなく、同じドナーから生まれた人がいるかどうかを照会できる仕組みが整えられています。制度として最初から組み込まれているぶん、当事者が自力で探す負担は小さくなります。
何人のきょうだいがいる可能性があるのか
この問いは、海外では「1人のドナーから何人まで生まれてよいか」という制度上の論点として、真剣に議論されてきました。
上限を設ける理由
多くの国が、1人のドナーから生まれる子どもや家族の数に上限を設けています。理由は主に3つです。
- 遺伝上のきょうだいどうしが、それと知らずに出会う可能性を減らすため
- 遺伝性の疾患が見つかったときに、影響を受ける人数を抑えるため
- 生まれた人が「自分には何十人もきょうだいがいる」と知ったときの心理的な負担を考慮するため
国内の上限と、実際の総数は別
ここに落とし穴があります。上限を定めている国でも、それは自国内で生まれる数を対象としていることがあります。精子が海外に輸出されれば、輸出先で生まれた数は国内の上限に算入されません。その結果、世界全体で見ると上限をはるかに超える人数が生まれている可能性が指摘されています。
この問題については、北欧の倫理委員会が国際的な上限を設けるよう求める声明を出すなど、各国で議論が続いています。海外の精子バンクを検討する方は、その国の制度ではなく、そのバンク自身が上限を設けているかを確認してください。
実際に出会うと何が起きるのか
当事者団体が発信してきた経験からは、いくつかの共通した傾向が見えています。
反応は人によってまったく違う
ドナーシブリングの存在を知ったときの受け止め方は、本当に人それぞれです。純粋にうれしいと感じる人もいれば、自分の家族観が揺らいだと感じる人もいます。会ってみたいと思う人もいれば、存在は知っておきたいが会うつもりはないという人もいます。どれが正しい反応というものはありません。
親の側の心配と、子どもの側の関心はずれることがある
親は「子どもが混乱するのではないか」「家族が壊れるのではないか」と心配します。一方、当事者からは「自分のルーツの一部を知れてよかった」「隠されていたことのほうがつらかった」という声が繰り返し発信されてきました。親の心配と子どもの関心の向きが一致しないことは珍しくありません。
年齢が上がってからの発覚は負担が大きい
とくに、成人してから偶然に自分の生まれ方を知ったケースでは、「なぜ今まで言ってくれなかったのか」という感情が強く出やすいと言われます。ドナーシブリングの存在そのものより、自分だけが知らなかったという事実のほうが重く受け止められるということです。この点は、告知をいつどう行うかという問題と直結します。
日本ではどうなっているのか
日本には、ドナーシブリングに関する制度も統計もありません。
記録を保管する仕組みがない
提供の記録を国が保管する制度が存在しないため、たとえ本人が知りたいと思っても、たどる先がありません。医療機関を通じた場合は施設に記録が残っている可能性がありますが、その保管期間や開示の可否は施設の判断に委ねられています。個人間の提供であれば、当事者が残した記録がすべてです。
提供人数を把握する仕組みもない
1人の提供者が何人に提供したかを把握する仕組みもありません。個人間の提供では、提供者本人に尋ねる以外に確認の方法がないのが実情です。この点は、提供者を選ぶ段階で確認しておくべき項目のひとつです。
制度がなくても、判明する可能性はある
ここが近年もっとも大きく変わった点です。家庭用のDNA検査サービスが普及したことで、制度の有無にかかわらず遺伝的な近縁関係が判明する場面が増えました。海外では、こうしたサービスを通じて、本人が予期しない形で自分の生まれ方や半きょうだいの存在を知るケースが報告されています。
かつては、伝えなければ知られないという前提で判断ができました。しかし遺伝子情報の照合が個人でも手軽に行える現在、その前提は揺らいでいます。いつか知られる可能性を織り込んだうえで、どう伝えるかを考えるほうが現実的です。これは脅しではなく、備えの問題です。
いま検討している人が備えられること
制度がない以上、備えは自分の手元で行うほかありません。難しいことではなく、いま記録を残しておくだけです。
提供者に確認しておきたいこと
提供を受ける前の面談で、次の点を尋ねておいてください。答えにくそうにする、あるいは答えをはぐらかす場合は、その反応自体が判断材料になります。
| 確認する内容 | なぜ聞くのか |
|---|---|
| これまでに何人に提供したか | きょうだいの人数の見当がつく。上限の目安にもなる |
| 今後も提供を続ける予定か | 将来さらに増える可能性を把握できる |
| 子どもが将来知りたがったらどう考えるか | 告知の方針を立てる材料になる |
| 連絡先が変わったときに知らせてもらえるか | 18年後に連絡が取れるかを左右する |
記録は「18年後に読む前提」で残す
いま残す記録は、お子さんが成人したときに読まれる可能性があります。そう考えると、残し方も変わってきます。スマートフォンのメッセージアプリの履歴は、機種変更やサービスの終了で消えます。紙に書き出す、あるいは印刷して保管する。デジタルで残すなら、複数の場所にコピーを置く。これだけで、将来手元に残る確率は大きく変わります。
よくある質問
公的な制度としては存在しません。海外の当事者が運営する登録制度は日本からでも登録できますが、日本国内で提供を受けた場合、そもそも照合の手がかりになるドナー番号などの情報がないことが多く、実際に一致を見つけるのは容易ではありません。医療機関を通じて提供を受けた場合は、その施設に記録が残っている可能性があるため、まず施設に問い合わせることが出発点になります。ただし、開示するかどうかは施設の判断となります。
確率としては高くありませんが、ゼロではないため各国が上限規制を設ける理由になっています。とくに人口の少ない地域や、同じ医療機関の利用者が地理的に集中している場合は、確率が上がると考えられます。日本では提供人数を把握する仕組みがないため、確率を計算することすらできません。現実的な備えとしては、提供者に提供回数を確認しておくこと、そしてお子さんに事実を伝えておくことです。事実を知っていれば、本人が必要に応じて確認できます。
最初からすべてを話す必要はありません。年齢に応じて、理解できる範囲で伝えていくのが一般的な考え方です。ただし「同じ提供者から生まれた人が他にもいるかもしれない」という事実は、お子さんが自分で調べ始める前に、あなたの口から伝えておくほうがよいと考えられています。あとから第三者やDNA検査で知るより、信頼している人から聞くほうが受け止めやすいためです。伝える時期や言葉の選び方については、告知を扱った記事もあわせてご覧ください。
失礼ではありません。むしろ、確認しておくべき当然の項目です。この質問に誠実に答えられる提供者は、自分の行為が生まれてくる子どもにどう影響するかを考えている人だと言えます。逆に、答えをはぐらかしたり不快感を示したりする場合は、その姿勢自体を判断材料にしてください。聞き方に迷うなら、「お子さんが将来知りたがったときに答えられるようにしておきたいので」と理由を添えると伝わりやすくなります。
まとめ|制度がないなら、記録が制度の代わりになる
ドナーシブリングは、法律上は何の関係もない他人どうしです。それでも海外で20年以上にわたって仕組みが作られ、議論が続いてきたのは、当事者にとって意味のある関係だからにほかなりません。
日本にはその仕組みがありません。しかしDNA検査が普及した現在、「制度がないから知られない」という前提はすでに成り立ちにくくなっています。だとすれば、備えの方向はひとつです。いま手元に記録を残し、お子さんに伝える準備をしておくこと。
提供者の情報、面談の記録、検査結果、これまでの提供回数。これらは、いまのあなたにしか残せません。18年後のお子さんが「知りたい」と言ったときに差し出せるものがあるかどうかは、今日の判断で決まります。